海軍将校
鹿児島
Jan. 27,1848-May30,1934
説明
海軍将校。 鹿児島藩士の子として鹿児島に生まれる。 戊辰戦争に従軍。 明治維新後の明治4年(1871年)、イギリス海軍を学ぶためにイギリスに渡った。 帰国後、海軍少尉に任官。 日清戦争では軍艦浪速の艦長として活躍した。 その後、海軍大学校司令官、常備戦隊司令官、舞鶴水軍司令官などを歴任し、日露戦争勃発前の1903年には連合艦隊司令官となった。 戦時中は主な作戦を指揮し、日本海海戦ではロシアのバルチック艦隊を全滅させた。 1913年、海軍大将となる。 大正7年(1914年)から7年間、東宮御学門所総裁を務めた。 昭和に入っても、海軍の先輩として大きな影響力を持ち続けた。